2015年04月21日

願い事が書けなかった私が...

私は書写の願い事の欄に願い事を一度も書いたことがありませんでした。公的な願い事をする器ではないし、自分のことも恥ずかしくて正直に書けなかったのです。

私は〇〇駅という大きな駅で一日中営業の仕事をしています。書写をしていない頃、営業で良い成績が納められるようにと毎回祈って出発するのにもかかわらず、あのような大きい駅に一日いても誰も私の話を聞いてくれず、本当に厳しい否定を受け、無視をされ、契約も取れないという、涙する日が多かったのです。そして、健康でいたいと強く願ったにもかかわらず、会社の健康診断で病気が見つかり、健康には自信があったのに何故病気になったのかと自暴自棄になっていた時期もありました。

ところが、書写を始めたその一日目から出会いが変わっていきました。毎日続けることで、日々出会いが変わっていくのを感じていたので、やめることができず、どんなに朝時間がない時でもこれだけはやっていこうと、書写が日課になりました。

ある日、父と母と一緒に書写奉納式に参加しました。父はよく生きていたと先生に言われるほどの大病をしたため、職も離れ、家で元気のない生活を送っていたのです。しぶしぶ参加した奉納式でしたが、始まって司会者が願い事を書いてくださいと言うのですが、父は早々と願い事も書かず楽しそうに書写を始めていました。全く予想外の父の元気な姿を見て、感謝と喜びでいっぱいになりました。

又ある日会社で、その日良い出会いをした同僚が私のところへ来て、『私ね、今日本当にいい出会いがあったんだ。神様に感謝します。』と大声で言うのです。そんな父や同僚の姿を通して、「素直になりなさい」と教えられているような気がしました。

そうして初めて願い事を書きました。すると、書いたその日、その通りの数字の実績が出て本当に驚いたのです。病気のことも、早く見つけられたので、治すことが出来るのだと、初めて前向きにとらえることができるようになったのです。

以前浅川先生の講話にも『願い事は書く前にかなえられるようになっています。私たちが願う以前に、私たちをもっと幸せにしてあげたいと心から願っている方がおられるので、叶うようになっているのです。』と言われた通りだと思い、一人職場で飛び上がって喜んだのです。 すごくかたくなだった私の心ですが、書写を続けていく中で、周りの人を通して、自分の心が解放されていったのだと感じました。続けるのは大変ですが、素直に喜んで感謝していくことを教えてもらい、元気をもらったのでこれからも続けていこうと思っています。
K.T. 女性
18日の奉納式で話して下さった内容を掲載する為に少し短く編集してあります。

posted by みんなで書写会 at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 個人
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