2015年06月01日

奉納式講話の中の証

5月に久留米で語られた浅川先生の講話の中の証です。

名古屋でのことです。あるおばあちゃんがいました。とても寂しい人でした。町内に息子夫婦が住んでいます。自分の喜びは三人の孫が訪ねてくることでした。しかし、孫が来ません。そこで、孫を来させない嫁という犯人がいるのだと思うようになり、激しく憎みました。

都合の悪いことに衣食住のお金は嫁が握っていてぎりぎりしかお金をよこしません。そこで、嫁の悪口を一日中言い、やがて心に納めることができず、町内に言いふらすようになりました。ますます嫁は来ません。孫は勿論のことです。

この人が書写を始めました。毎日言葉を書きました。すると言葉がおばあちゃんに影響を与え始めました。そのうち、嫁の悪口を言っても何もならないことに気が付きました。あるとき「ありがとう」という言葉を言ってみようとひらめいたのです。

書写をやり続けていると神様からひらめきが来ます。一日千回「ありがとう」を唱え続けたといいます。ある時孫一人が訪ねてきました。感動して孫を抱きしめながら考えました。「ありがとう」千回で一人来たので、その日から三千回「ありがとう」を言うようになったのです。

ある日声がして、出てみると三人の孫が立っていました。その後ろに嫁が立っています。しかも、最後に嫁がそろそろおこずかいのベースアップをしましょうと言いました。そのお金で孫に贈り物をしました。結局、孫は毎日のように来るようになったといいます。このおばあちゃんに聞いてみると、今や朝起きた時からずっとありがとうと言い続けているのだそうです。もう不幸になることがないという感じでした。

言葉には魂が込められています。良い言葉を話せばその言葉に込められた魂が私を変えていくのです。人も変えるのです。もしあなたの口から悪口や悪い言葉が出れば、それは憎しみという魂、人を嫌うという魂を自分に植え付けているのです。したがって悪い言葉を出す人の一番の被害者は自分です。それから、その言葉を聞いた人です。まさに公害です。

もしどんな不幸も変えられる力を持った言葉、どんな試練も越えられる力を持った言葉、絶望の底から希望に引き上げる力を持った言葉を毎日書いたらどうなるでしょう。毎日唱えたらどうなるでしょう。確実に人生は変わります。

文鮮明先生は言葉一つに全ての魂を込められました。私が祈願する前に、文鮮明先生という方が先に祈願しているのです。あなたが幸せになることをこの方が最初に決意し願ったのです。そして書いていくときあなたの家庭の幸せを願ったこの方と神様の願いが成就する。その約束が書写というものなのです。

posted by みんなで書写会 at 08:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族
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